夜のオフィスで、終わったイベントの精算資料とノートPCの表計算画面を見比べながら、思ったより利益が残っていないことに気づいて静かに考え込むイベント制作ディレクター

イベントの原価管理表と粗利設計|利益が残る見積の作り方

当日は大きなトラブルもなく、クライアントにも喜んでもらえた。協力会社からの請求もそろって、ようやく締めてみたら——「あれ、思ったより残っていない」。

そんな経験、ありませんか。手を抜いたわけでも、無駄遣いをしたわけでもない。走り回って、ちゃんと当日を成立させた。それなのに数字だけが報われない。この感覚は、案件をいくつも背負う制作ディレクターほど、一度は味わっているはずです。

多くの場合、原因は当日ではなく、見積を出す前にあります。原価をざっくり足して、「このくらい乗せておけば大丈夫」で売価を決めてしまう。その時点で、利益の残り方はほぼ決まっていたりします。

この記事では、見積を出す前に原価管理表を1枚作り、粗利(マージン)の最低ラインを先に決める手順を、計算例と一緒に整理します。難しい会計の話ではありません。表の列をそろえて、計算の向きを1つだけ間違えないようにする。それだけで、締めの日の「あれ?」はぐっと減らせます。

結論:利益が残る見積は、売価を決める前に作る原価管理表から始まります。(1)原価を費目ごとに1行ずつ並べ、「確定/仮置き」を書き分ける、(2)粗利の最低ラインを先に決め、「原価×◯%乗せ」ではなく「原価÷(1−粗利率)」で売価を出す、(3)粗利が社内の工数(人日)をまかなえるかを1行で確かめる、(4)発注・追加が出るたびに同じ表で粗利を引き直す。まずは次の見積で、原価の合計と粗利率の2つを表の一番上に書くところから始めれば大丈夫です。

何が起きているか——「乗せたつもり」と「残った額」がずれる理由

「忙しかったのに残らない」は、たいてい次のどれか(またはいくつか)が重なって起きています。

どれも、担当者の努力不足ではありません。見積の段階で「原価」と「粗利」を分けて見える形にしていないから、ずれに気づくのが締めの日になってしまう。それだけのことです。逆に言えば、表を1枚用意するだけで、ずれは見積の時点や進行の途中で見えるようになります。

原価管理表は「費目×7列」でそろえる

まずは表の形です。特別なソフトは要りません。いつもの表計算で、次の7列をそろえます。

列書くこと
費目音響・照明、機材レンタル、当日スタッフ、装飾・印刷、運搬・車両など
発注先協力会社名(未定なら「未定」)
原価協力会社から見込む支払額(税抜)
原価の状態確定(正式見積あり)/仮置き(概算・口頭・前回実績から)
売価クライアントに出す見積額(税抜)
粗利売価 − 原価
着地原価発注後・請求後に分かった実額(進行中に埋める)

ポイントは「原価の状態」の列です。見積の時点では、まだ正式な見積が届いていない費目が必ずあります。それを確定と同じ顔で並べると、後で動いたときに驚くことになります。仮置きの費目に印をつけておくだけで、「この案件は、あと何が動きうるか」がひと目でわかります。

金額は税抜でそろえるのがおすすめです。税込と税抜が混ざると、粗利の計算が静かにずれます。

費目の洗い出し方そのものは、見積書の内訳の記事で詳しく整理しています。原価管理表は、その内訳の裏側(自社だけが見る面)だと思ってください。

粗利の設計——「乗せる」ではなく「割り戻す」で売価を出す

ここが、いちばん大事なところです。

例として、ある案件の原価がこう並んだとします(すべて税抜・説明用の数字です)。

費目原価
音響・照明・映像(外注)600,000円
機材レンタル(ステージ・テント)300,000円
当日スタッフ(派遣)200,000円
装飾・印刷150,000円
運搬・車両80,000円
原価合計1,330,000円

この案件で、粗利率25%を確保したいとします。

よくある計算:原価に25%を「乗せる」

1,330,000円 × 1.25 = 1,662,500円

粗利は 1,662,500 − 1,330,000 = 332,500円。 粗利率は 332,500 ÷ 1,662,500 = 20% です。

25%乗せたつもりが、粗利率では20%にしかなっていません。「乗せ率(原価に対する割合)」と「粗利率(売価に対する割合)」は、分母が違うからです。

割り戻す計算:原価 ÷(1 − 粗利率)

1,330,000円 ÷(1 − 0.25)= 1,330,000 ÷ 0.75 = 約1,773,333円

粗利は 1,773,333 − 1,330,000 = 443,333円。 粗利率は 443,333 ÷ 1,773,333 = 25% です。

同じ「25%」という言葉でも、売価で約11万円の差が出ます。社内で「粗利率◯%以上」と決まっているなら、この割り戻す計算で売価を出すのが、決まりと数字をそろえる近道です。

見積の売価を1本の横長の棒で表し、左の大きな部分が原価、右の小さな部分が粗利で、棒全体の上に売価を示す括弧がかかった概念図
粗利率は「売価」に対する割合。原価に乗せるのではなく、売価全体のうち粗利が何割かで考える。

最低ラインは「案件ごと」でなく「先に」決めておく

粗利率をいくつにするかは、会社の方針や案件の種類(自社で企画から担うのか、手配中心なのか)で変わります。ここで大事なのは数字そのものより、見積を作る前に「この案件はここを下回らない」という線を決めておくことです。

線がないまま見積を作ると、相見積や値引きの空気に押されて、その場その場で下げてしまいます。社内に基準があればそれを、なければ過去の案件の着地粗利率を2〜3件見て、「このくらいは残したい」を上司と一度すり合わせておくと安心です。

粗利で「社内の手間」をまかなえているかを確かめる

粗利は、まるごと利益ではありません。ディレクターや制作スタッフが打ち合わせ・現調・資料作り・当日立ち会いに使う社内の工数は、多くの場合この粗利からまかなわれています。

そこで、表の一番下にこの1行を足してみてください。

粗利 ÷ 社内の想定工数(人日)= 1人日あたりの粗利

先ほどの例で、社内の工数を20人日と見込んだとすると、 443,333円 ÷ 20人日 = 約22,000円/人日。

この数字が、会社として「1日働いたらこのくらいは回収したい」という目安を下回っているなら、売価か工数のどちらかを見直すサインです。目安の金額は会社ごとに違うので、経理や上司に一度聞いておくと、次から迷わずに済みます。

工数は大きめに見ておくのがコツです。初回の取引先、決裁者が多い案件、屋外で天候判断がある案件は、打ち合わせや調整が増えやすいところです。

進行中は、同じ表で粗利を「引き直す」

見積を出して終わりではありません。原価管理表のいちばんの出番は、むしろ進行中です。

例えば、さきほどの案件で音響・照明・映像の原価が600,000円から660,000円に上がり、売価はそのままだったとします。

粗利は 443,333 − 60,000 = 383,333円。 粗利率は 383,333 ÷ 1,773,333 = 約21.6%。

1行の変化で、粗利率が3ポイント以上動きます。これに気づくのが締めの日なのか、変更が出たその日なのかで、打てる手がまったく違います。その日に気づければ、追加分をクライアントに相談する、別の費目で仕様を調整する、といった選択肢がまだ残っています。

着地見込みの追いかけ方は、予算実績管理表の記事で詳しく書いています。原価管理表をそのまま育てていけば、それが予実管理の表になります。

影響——表が1枚あると、交渉と締めが変わる

原価管理表を見積の前に作っておくと、見えるものが変わります。

数字を握っておくのは、ケチになるためではありません。当日の品質を削らずに、自分たちの仕事にもちゃんと対価が残るようにするためです。

明日やること——次の見積で、まずこの2行だけ

一度に表を完成させなくて大丈夫です。次に作る見積で、まずこの2つだけやってみてください。

  1. 原価を費目ごとに並べて、合計を出す(「仮置き」の費目には印をつける)
  2. 社内の粗利率の基準を確かめて、「原価 ÷(1 − 粗利率)」で売価を出してみる

いつもの「乗せる」計算とどれくらい差が出るか、一度見比べるだけでも気づきがあるはずです。

原価管理表・粗利設計チェックリスト

項目は多めですが、全部を一度にやる必要はありません。忙しいときは「まずここだけ」の2つで十分です。

まずここだけ(この2つは必須)

余裕があれば確認

すべてを満たせなくても大丈夫です。「まずここだけ」の2つができていれば、乗せ方の勘違いで利益が消える事故は防げます。表は案件を重ねるごとに、あなたの会社の"相場帳"になっていきます。

よければ、こちらも

原価管理表は、見積の組み立てや予算の追いかけと地続きです。あわせて見ておくと、数字の拠り所が増えます。

明るい午後のオフィスで、整った表計算の画面を見ながら同僚と笑顔で次の案件の見積を相談しているイベント制作ディレクター
数字を握るのは、当日の品質と自分たちの仕事の両方を守るため。

締めの日の「思ったより残っていない」は、あなたの頑張りが足りなかったからではありません。数字が見える場所に置かれていなかっただけです。

原価を並べて、粗利を割り戻して、動いたら引き直す。表が1枚あれば、現場を削らずに、自分たちの仕事にもちゃんと対価を残せます。次の見積で、まずは原価の合計を一番上に書いてみましょう。そこから、数字はちゃんと味方になってくれます。

関連用語