夜の仕込み中のホールで、脚立の上に立ってトラスの照明器具を取り付けている作業者と、その下で脚立を押さえながら見上げているイベント制作ディレクター

イベント仕込みの高所作業|脚立・ローリングタワーの安全管理

搬入が押して、仕込みが夜にずれ込む。天井のバトンにサインを吊る作業がまだ残っていて、明日の朝には仮設ステージの上に照明が載っていないといけない。

そんなとき、誰かが脚立の上に立ちます。

「ちょっとだけだから」「もう一段上まで届くから」。そう言いながら、天板に片足をかける人を、私たちは何度も見てきました。そして正直に言えば、自分が上に上がったこともあると思います。押している現場ほど、そうなります。

高所作業は、押しても取り返せる作業と、取り返せない作業の境目にあります。進行の遅れは、あとで巻けます。落ちたら、巻けません。

結論:仕込みの高所作業で押さえるのは3つです。① 「高さ2m」で、やることが変わる——2m以上の場所では、まず作業床(乗って作業できる床と手すり)を用意するのが原則で、それが難しいときにはじめて墜落制止用器具(安全帯)の話になります。順番が逆になりがちです。② 資格・特別教育が要る作業がある——高所作業車、足場の組立て、フルハーネスを使う作業。誰が上に上がるかを、発注のときに決めておくと当日困りません。③ 守るのは上の人だけではない——工具の落下と、上下同時作業。下を空ける段取りを香盤に書けるのは、ディレクターだけです。

先にお伝えしておくと、これは「守らないと違反です」という話ではありません。仕込みの現場は、時間・人手・天候のどれかが必ず足りない状態で回っています。その中で全部を完璧にするのは無理です。

だから、先に決めておけば当日ラクになる部分だけを、ここでは拾います。安全対策のほとんどは、当日の判断力ではなく、事前の段取りで決まるからです。

なお、以下は労働安全衛生法・労働安全衛生規則(安衛則)と厚生労働省のガイドラインをもとにした一般的な整理です。会場の規定や、協力会社の社内基準がこれより厳しいこともよくあります。最終的には会場・所轄の労働基準監督署・施工会社の指示に従ってください。

①「高さ2m」を境に、やることが変わる

現場でいちばん誤解されているのが、ここです。

高さ2m以上の場所での作業は、法令上「墜落の危険がある作業」として扱われます(安衛則第518条)。そしてこのとき求められているのは、いきなり安全帯を着けることではありません。

順番は、こうです。

  1. まず、作業床を設ける——足がしっかり乗る床と、囲い・手すりを用意する
  2. それが難しい場合に、防網を張り、墜落制止用器具を使わせる

つまり、墜落制止用器具は「作業床が作れないとき」の手段であって、最初の選択肢ではないということです。ここが逆になっている現場は、けっこうあります。

イベントの仕込みに置き換えると、こうなります。

上がる高さまず考えること現場でよくある手段
2m未満安定した足場を確保する可搬式作業台(立ち馬)、脚立
2m以上作業床と手すりのあるものを使うローリングタワー(移動式足場)、高所作業車
作業床が作れない場所墜落制止用器具+落下養生トラス上、バトン周り、狭所

「2m以上は脚立ではなく、床と手すりのあるものへ」。まずこの一行だけ、頭に置いてください。

脚立は「2m未満・短時間」の道具として扱う

脚立が悪いわけではありません。ただ、脚立は作業床ではないというだけです。手すりがなく、乗る面積が狭く、体を横に伸ばした瞬間にバランスを失います。

使うときの前提は、この3つです。

そして、いまの現場でおすすめしたいのは、可搬式作業台(立ち馬)への置き換えです。天板が広く、手すり付きのタイプもあり、脚立より圧倒的に安定します。レンタルでも普通に出てくる機材になりました。

サインの取り付け、装飾の吊り込み、看板の建て込み——このあたりは、脚立を可搬式作業台に変えるだけで、現場の空気が変わります。機材の拾い出しをするときに、機材レンタル費の見積の中に数台入れておいてください。単価は大きくありません。

ローリングタワー(移動式足場)は、使い方でリスクが変わる

2m以上の作業で頼りになるのが、ローリングタワー——車輪の付いた移動式足場です。作業床と手すりがあるので、脚立よりずっと安全に作業できます。

ただし、使い方を間違えると脚立より危ない道具でもあります。押さえるのは4点です。

  1. 人を乗せたまま動かさない——これが最も多い事故の形です。動かすときは全員降りる
  2. アウトリガー(張り出し)を出し、車輪を必ずロックする——「すぐ動かすから」でロックを省かない
  3. 昇降は枠の内側のはしごから——外側をよじ登らない
  4. 手すり・中さん・幅木(つま先の板)を省略しない——幅木は工具の落下を止めるためのものです
高所作業の3つの手段を並べた図。左は脚立の中ほどの段に立って案内板を取り付ける作業者、中央は手すり付きの移動式足場の作業床に立って照明を吊る作業者、右は高所作業車のバスケットに乗ってトラスに手を伸ばす作業者。それぞれの絵の下に「脚立」「足場」「作業車」のラベルが付き、各場面の真下にはカラーコーンとバーで囲まれた誰もいない立入禁止のスペースが描かれている
高さと作業内容で道具を選び分ける。2m以上は「手すりのある床」がある足場・作業車へ。そしてどれを使うときも、真下は空けておく。

なお、高さ5m以上の構造の足場や、つり足場・張出し足場の組立て・解体には、「足場の組立て等作業主任者」の選任が必要です。また足場の組立て・解体・変更の作業に就く人には、足場の組立て等特別教育が求められます。イントレ(仮設のやぐら)を組む案件は、ここに該当してきます。

さらに、足場の点検は、あらかじめ指名した点検者が行い、その氏名を記録に残す運用になっています(2023年10月の改正で明確化されました)。「誰が見たか」まで残す、という考え方です。

このあたりは、施工会社側が当然に押さえている領域です。ディレクターの仕事は、自分で判断することではなく、発注書と工程表に「誰がやるか」を書いておくことです。発注時の伝え方は協力会社の発注・精算の進め方にまとめています。

②資格・特別教育が要る作業を、先に切り分ける

「上がれる人が、その場にいなかった」。これは当日いちばん止まるパターンです。

イベントの仕込みで関係してくる主なものを、整理しておきます。

作業必要なもの現場での目安
高所作業車の運転(作業床の高さ10m以上)技能講習修了大型の吊り込み、屋外の高い装飾
高所作業車の運転(作業床の高さ10m未満)特別教育修了ホール内のバトン・サイン取り付け
足場の組立て・解体・変更足場の組立て等特別教育(規模により作業主任者の選任)イントレ、仮設ステージまわり
作業床が作れない高さ2m以上の場所でフルハーネスを使う作業フルハーネス型墜落制止用器具に係る特別教育トラス上、天井裏、狭所

墜落制止用器具(旧・安全帯)については、いまの基準をひとつだけ覚えておくと会話が早くなります。

ここは制作側が判断する話ではありませんが、現場で「胴ベルトでいいですか」と聞かれたときに、答えを持っている人がその場にいるかは、段取りの問題です。仕込みの体制を組むときに、施工会社の作業責任者を1人はっきり決めておいてください。役割の決め方はスタッフ配置と役割分担を参考にどうぞ。

フリーランスに頼むときも、同じ目線で

イベントの現場では、照明・音響・特効のオペレーターがフリーランス(一人親方)という案件が普通にあります。

法令の側も、作業を請け負わせる相手が個人事業主でも、危険な場所での保護具の使用や立入禁止といった措置を周知する方向に整理されてきました(2023年4月の改正)。

難しく考えなくて大丈夫です。要は、「社員だから」「外部だから」で安全の扱いを変えない、ということです。朝礼で全員に同じ内容を伝える。ヘルメットの用意も人数分数える。それで十分に趣旨は満たせます。朝礼・安全ミーティングの進め方にひな形があります。

③守るのは上の人だけではない——下を空ける

高所作業でけがをするのは、上に上がった人だけではありません。落ちてくる物に当たる人がいます。

そして、この「下」を管理できるのは、たいていディレクターです。施工会社は自分の作業に集中していて、会場全体を見ているのはこちら側だからです。

上下同時作業をしない

いちばん効くのは、これです。同じ場所の上と下で、同時に別の作業をしない。

たとえば、天井のバトンに照明を吊っている真下で、客席の椅子並べをしている。装飾の吊り込みをしている下で、什器を組んでいる。押している現場ほど、こうなります。

対策は、根性ではなく時間の分け方です。

複数業者が入る仕込みの組み方は、複数業者が入る仕込みスケジュールで詳しく整理しています。上下を時間で分けるという一行を、そこに足すイメージです。

真下は、物理的に囲う

時間で分けきれない場所は、囲ってしまうのが確実です。

コーンとバーは、搬入の動線整理で使うものと兼用できます。搬入出計画と動線で数を拾うときに、高所作業用の分も足しておくと当日探さずに済みます。

工具と部材を落とさない

「うちは工具を落としたことがない」という現場ほど、まだ落ちていないだけのことがあります。ストラップは1本数百円です。

天候と、時間帯

屋外や、屋根のないステージでの高所作業は、強風・雨・雪のときは中止が原則です。安衛則でも、悪天候時には墜落の危険がある作業を行わせないこととされています。

現場で迷いやすいのは、「風がどのくらいから」です。数値の基準を事前に決めておくのがいちばん確実で、この考え方は屋外テントの風対策と雨天・中止の判断基準にまとめてあります。高所作業も、同じ基準表に1行足しておいてください。

もうひとつが、深夜・早朝の仕込みです。

香盤を組む段階で、高所作業は「早い時間」に寄せる。これだけで、かなり事故の芽が減ります。工程の組み方は香盤表の作り方をどうぞ。

それでも何かあったときのために

備えの話も、ひとこと置いておきます。

使わないで済むのがいちばんですが、用意してあること自体が、現場の落ち着きにつながります。

明日やること

いま案件を抱えているなら、この3つから始められます。どれも15分あれば終わります。

  1. 仕込み香盤に、高所作業の行を独立させる——「照明仕込み」ではなく「照明仕込み(高所・タワー使用)」と書く。書いた瞬間に、下の作業と重なっているかが見えます
  2. 可搬式作業台を、機材リストに数台足す——脚立の代わりです。単価は小さく、効果は大きい
  3. 施工会社に一言確認する——「高所作業の担当者と、使う機材(タワー/作業車)を教えてください」。この一文をメールに足すだけで、当日の「誰が上がるんでしたっけ」がなくなります

3つ目は、返事を待つ必要すらありません。送っておけば、向こうが考えてくれます。

チェックリスト

発注・準備の段階

香盤・工程の段階

当日、上がる前に

全部そろわなくて大丈夫です。「2m以上は手すりのある床で」と「真下を空ける」の2つが守れていれば、大きいところは押さえられています。

よければ、こちらも

仕込みの安全は、工程・体制・天候の判断とひと続きの仕事です。あわせて見ると、当日の足元が固まります。

仕込みが終わった明るいホールの通路で、ヘルメットを脇に抱えたまま、吊り込みが終わった天井のトラスを並んで見上げている制作ディレクターと施工スタッフ

高所作業は、うまくいった日には何も起きません。実施報告書にも、たぶん一行も残りません。

でも、誰もけがをしなかった仕込みというのは、偶然そうなったわけではないんだと思います。香盤で時間をずらした人がいて、コーンを並べた人がいて、「そこ、天板ですよ」と声をかけた人がいた。その積み重ねの結果です。

一度に全部は無理です。まずは、次の香盤に「高所作業」の一行を独立させるところから。それだけでも、見えるものがずいぶん変わります。

そして、この記事をここまで読んだということは、もう誰かの安全を考え始めているということです。それ自体が、いちばん大事な段取りです。

関連用語


本記事は一般的な実務ノウハウの整理です。高所作業に関する具体的な措置・資格・特別教育の要否は、労働安全衛生法および労働安全衛生規則、厚生労働省のガイドライン、ならびに作業の実態によって判断されます。会場(施設)の規定や施工会社の社内基準が本記事より厳しい場合は、そちらが優先されます。最終判断は会場・所轄の労働基準監督署・施工会社にご確認ください。

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