
イベントのキービジュアル発注|デザインオリエンの伝え方と進め方
デザイナーから届いたキービジュアルの初稿。いい感じだと思ってクライアントに出したら、返ってきたのは「うーん、なんか違うんだよね」。どこが違うのかを聞いても、はっきりした答えは返ってこない。修正が3回目に入ったころ、ポスターの入稿日がカレンダーの上で近づいてくる。——そんな経験、ありませんか。
これは、あなたやデザイナーのセンスが足りないからではありません。キービジュアル(KV)は、イベントのすべての制作物の「元」になるのに、何を伝えれば決まるのかが言葉になっていないまま発注されやすいものです。伝わっていない条件は、初稿のあとに「なんか違う」という形でしか出てこられません。
この記事では、イベントのキービジュアルとタイトルロゴのデザイン発注を、センスの話ではなく段取りの話として、一緒に整理していきます。
結論:キービジュアルの発注は、1枚のオリエンシートにまとめてから始めます。書くことは6つだけです。①目的と「誰に届けるか」②使う場所(展開物のリスト)③必ず入れる要素と優先順位 ④トーン(参考とNG)⑤スケジュールと確認する人 ⑥使える範囲と納品データ。そして進め方は、いきなり完成形を作らず、オリエン → ラフ(方向性を2〜3案)→ 本デザイン → 展開の順に、決めることを1段ずつ分けます。「なんか違う」の多くは、この2つでかなり減らせます。
※デザインの著作権や使用範囲、フォント・素材のライセンス、生成AIの利用可否などの扱いは、契約内容や各サービスの規約、クライアントの社内ルールによって異なります。本記事は一般的な進め方の整理です。迷うときは、契約書・規約の原文と、自社やクライアントの法務・知財の担当にご確認ください。
なぜキービジュアルは「なんか違う」になりやすいのか
修正が止まらないのには、たいてい理由があります。
- 決める人が、途中で出てくる:担当者とは合意していたのに、初稿を上の役職の方が見て、方向が変わる。最初の段階で「誰がOKを出すか」が決まっていないと起きやすいことです。
- 「かっこよく」「華やかに」が、人によって違う:言葉だけのトーン指定は、デザイナーとクライアントで思い浮かべる絵がずれます。
- 使う場所が、あとから増える:ポスター用に作ったら、あとから横長の看板やSNSの縦長画像も必要になり、レイアウトが収まらない。
- 中身が決まる前に、絵を作り始める:イベント名や日付、会場、出演者がまだ仮のまま。入れる文字が変わるたびに、デザインも組み直しになります。
どれも、忙しい案件ほど起きることです。だから、デザイナーに「もう少しいい感じに」とお願いを重ねるより、迷う原因になる条件を、最初に1枚にまとめておくほうが、結局はみんなが楽になります。
オリエンシートに書く6つのこと
デザイナーへの依頼(デザインのオリエン)は、口頭やチャットの流れで済ませず、1枚のシートにして渡すのがおすすめです。クライアントのオリエンで聞いたこと(オリエンの確認項目リスト)を、デザイナー向けに翻訳するイメージです。
【キービジュアル制作 オリエンシート】
■ 案件名/イベント名(正式表記・読み・略称)
例)○○フェス 2027(まるまるフェス にせんにじゅうなな)※略称「○○フェス」
■ ① 目的と、誰に届けるか
・このイベントで来場者に持ち帰ってほしい気持ち:
・いちばん届けたい相手:(例:20〜30代の家族連れ、既存顧客の担当者 など)
■ ② 使う場所(展開物リスト)※別表
■ ③ 必ず入れる要素と優先順位
1. イベント名(タイトルロゴ)
2. 開催日・時間
3. 会場
4. 主催・協賛ロゴ(数とサイズの決まり)
5. 出演者名・写真(確定日:○月○日)
■ ④ トーン
・近い印象の参考:(画像やURLを2〜3点。「どこが近いか」も一言)
・避けたい印象:(例:子ども向けに見えすぎる、競合と似た配色)
・決まっている色・書体:(クライアントのブランド規定の有無)
■ ⑤ スケジュールと確認する人
・ラフ提出:○月○日 / 本デザイン:○月○日 / 最初の入稿:○月○日
・確認する人:担当 ○○様 → 最終OK ○○様(どの段階で見るか)
・修正の回数と範囲:(例:ラフ段階で方向1回、本デザインで2回まで)
■ ⑥ 使える範囲と納品データ
・使用範囲:告知物・会場装飾・Web・SNS/開催後の実績掲載の可否/次回以降の流用
・納品形式:編集できる元データ、画像データ、使用フォントの情報
・素材・フォント・生成AIの利用:可否と、使った場合の報告のしかた
全部を最初から埋めきれなくても大丈夫です。空欄のまま渡すなら「未定。○日に確定予定」と書いておくだけで、デザイナーは「ここは差し替わる前提」で組んでくれます。
①目的と「誰に届けるか」は、1〜2行で
いちばん大事なのに、いちばん抜けやすいところです。「かっこいいKV」ではなく、「誰が見て、どう感じて、何をしてほしいか」を書きます。企画書のコンセプトやKPI(コンセプトをKPIに翻訳する手順)から、そのまま1〜2行を持ってくれば十分です。
デザイナーにとっては、ここが迷ったときの判断基準になります。「親子で来てほしいなら、この色のほうがいいかも」と、デザイナーの側から提案が出やすくなるのも、この1行があるからです。
②使う場所は、最初にリストにする
キービジュアルは、1枚の絵で終わりません。ポスターから看板、Web、SNS、会場のバックパネルまで、形の違う場所に何度も展開されます。縦長のポスター用に作った絵を、あとから横長の看板に収めようとすると、組み直しが発生します。
| 展開物 | 形の目安 | 担当・入稿先 | 締切 |
|---|---|---|---|
| 告知ポスター・チラシ | 縦長 | 印刷会社 | ○月○日 |
| Web・特設サイトのメイン画像 | 横長 | Web制作 | ○月○日 |
| SNS告知画像 | 正方形・縦長 | クライアント広報 | ○月○日 |
| 会場の看板・バックパネル | 横長(大判) | 装飾・サイン会社 | ○月○日 |
| 招待状・案内状 | はがき・封書 | 印刷会社 | ○月○日 |
| 当日の投影スライド・名札 | 横長・小サイズ | 自社 | ○月○日 |
正確なサイズや解像度は、媒体や入稿先ごとに決まりが違い、Webやアプリの推奨サイズはときどき変わります。オリエンの段階では「縦長・横長・正方形のどれが要るか」だけ分かれば、デザイナーは展開しやすい構図で組んでくれます。細かい仕様は、各入稿先に確認したうえで展開の段階で渡します(入稿の段取りはサイン・看板の発注と入稿へ)。
③必ず入れる要素には、順番をつける
イベント名、日付、会場、主催ロゴ、協賛ロゴ、出演者……。入れたいものを全部同じ強さで並べると、どれも目に入らない絵になります。「いちばん大きく見せたいのはどれか」を1番から順に書いておきます。
とくに注意したいのは、確定していない要素です。出演者の写真や名前、協賛社のロゴは、決まる日がずれることがよくあります。「未確定。○月○日に確定」「出演者名は、名前の長さが変わっても収まる枠で」と書いておくと、差し替えのたびに全体を組み直さずに済みます。出演者の写真や名前を使える範囲は、事務所との取り決めもあわせて確認しておきます(MC・タレント手配とキャスティング)。
④トーンは、言葉より「参考」と「NG」で
「明るく」「上品に」は、人によって思い浮かべるものが違います。言葉を重ねるより、参考になるビジュアルを2〜3点見せて、「この色づかいが近い」「この余白の感じが近い」と、どこが近いかを一言添えるほうが、ずっと伝わります。
同じくらい効くのが、「避けたい印象」です。「子ども向けに見えすぎるのは避けたい」「競合の○○と似た配色は避けたい」。NGが1つあるだけで、デザイナーは選択肢をかなり絞れます。
なお、参考として見せたビジュアルは、あくまで方向の共有のためのものです。そのまま似せて作ってもらうものではない、という前提はデザイナーとも言葉にしてそろえておきます。
⑤「誰が、いつ見るか」を先に決める
「なんか違う」を減らすいちばんの近道は、最終的にOKを出す人に、ラフの段階で一度見てもらうことです。本デザインまで進んでから決裁者の意見が入ると、方向ごとやり直しになります。
- 確認する人の順番(担当者 → 部長 → 役員、など)と、どの段階で誰が見るか
- 各段階の返事の期限(返事待ちで止めない締切の組み方は確認待ちで止めない進行管理へ)
- 修正の回数と範囲(ラフでは方向の変更まで、本デザインでは細部の調整まで、など)
修正の回数と範囲は、発注書にも書いておくと、追加費用の話になったときに落ち着いて相談できます(発注書・覚書の書き方、仕様変更・追加発注の精算)。
⑥使える範囲と、納品データを決めておく
イベントが終わってから「実績として載せたい」「来年も同じロゴを使いたい」となって、使える範囲が決まっていなかった、ということは起きがちです。発注の時点で、次のことをデザイナーと確認しておきます。
- 使用範囲:告知物・会場装飾・Web・SNSのどこまでか。開催後の実績掲載や、次回以降の流用はどうするか。
- 納品データ:印刷や展開で編集が必要になるなら、画像だけでなく編集できる元データが要るか。そのデータの扱い(渡してもらえるか、別途費用か)。
- フォントと素材:使ったフォントや写真・イラスト素材のライセンスが、今回の使い方(印刷・Web・大判の装飾など)に合っているか。
- 生成AIの利用:画像生成AIを使うかどうか、使うならどこに使ったか。クライアントによっては社内ルールで扱いを決めている場合があるので、先にクライアントの方針を聞いておきます。
ここは契約や規約に関わるところなので、判断に迷ったら無理に決めず、自社やクライアントの法務・知財の担当に確認するのが安心です。
進め方は「オリエン → ラフ → 本デザイン → 展開」の4段

オリエンシートを渡したら、次は進め方です。いちばん避けたいのは、最初から完成形を1案だけ出してもらい、それを直し続ける進め方です。修正のたびに、方向の話と細部の話が混ざってしまいます。
決めることを段ごとに分けると、確認する側も迷いません。
| 段階 | ここで決めること | ここでは決めないこと | 確認する人 |
|---|---|---|---|
| オリエン | 目的・展開物・要素の順番・トーン・スケジュール | デザインそのもの | 担当者と一緒に作る |
| ラフ(2〜3案) | どの方向で行くか(構図・色・雰囲気) | 文字の細かい位置や色味の微調整 | 最終OKを出す人まで |
| 本デザイン | 選んだ方向の仕上げ・タイトルロゴの形 | 方向そのものの変更 | 担当者 → 最終OKを出す人 |
| 展開 | 各展開物への落とし込み・入稿仕様 | KVそのものの変更 | 担当者(各入稿先と確認) |
ポイントは、ラフの段階で方向を1つに決めきることです。ラフは手描きや簡単なものでかまいません。見た目の完成度が低いぶん、クライアントも「方向として、どれがいいか」に集中して選んでくれます。
ラフを見せるときは、各案に「この案は、①の目的のこの部分を強めています」と一言添えるのがおすすめです。好き嫌いではなく、オリエンシートに立ち返って選んでもらえるようになります。
タイトル(イベント名)は、デザインより先に固める
タイトルロゴは、キービジュアルの中心になることが多い要素です。だからこそ、イベント名の表記はデザインに入る前に確定させるのが理想です。
- 正式な表記:英字かカタカナか、全角か半角か、年号や回数(「第○回」「2027」)を入れるか。
- 読み方と略称:アナウンスやSNSで呼ばれる名前。略称が決まっていると、ロゴの組み方も決めやすくなります。
- 既存の名前との重なり:同じ名前・似た名前のイベントやサービスがないか、ひととおり検索して確認します。名前の権利に関わる判断が必要そうなときは、クライアント側の担当部署に確認をお願いします。
どうしても名前の確定が遅れるときは、「タイトルは仮。確定後に差し替えられる組み方で」とオリエンシートに書いて、先に進めます。
明日やること:3ステップ
いま進めている案件でも、次の提案でも、この順で1つずつで大丈夫です。
- 展開物リストを作る(上の表をコピーして、今回の案件で要るものに印をつけるだけ。10分で終わります)
- 「最終OKを出すのは誰か」をクライアントに1通だけ聞く(「ラフの段階で一度ご覧いただけると、あとの修正が少なくなります」と添えると、お願いしやすくなります)
- オリエンシートのひな形を、自社のフォルダに保存する(上の枠をそのまま貼っておけば、次の案件から埋めるだけになります)
とくに2つ目は、メール1通で効きます。決裁者がラフに間に合うだけで、修正の回数はぐっと落ち着きます。
キービジュアル発注 チェックリスト
オリエンの前に
- イベント名の正式表記・読み・略称を確認した
- 目的と「誰に届けるか」を1〜2行で書いた
- 展開物リスト(形・入稿先・締切)を作った
- 必ず入れる要素に、1番から順番をつけた
- 未確定の要素に「確定予定日」を書いた
- 参考ビジュアルを2〜3点選び、「どこが近いか」を添えた
- 避けたい印象(NG)を書いた
- クライアントのブランド規定(色・書体・ロゴの使い方)の有無を確認した
発注のときに
- 最終OKを出す人と、確認の順番を決めた
- ラフ・本デザイン・入稿の日程を決めた
- 修正の回数と範囲を、発注書に書いた
- 使用範囲(開催後の実績掲載・次回の流用)を確認した
- 納品データ(元データの扱い・使用フォントの情報)を決めた
- フォント・素材のライセンスが今回の使い方に合うか、デザイナーと確認した
- 生成AIの利用について、クライアントの方針を確認した
ラフ〜展開で
- ラフは2〜3案で、方向の違いが分かる形で出してもらった
- 最終OKを出す人に、ラフの段階で見てもらった
- 方向を1つに決めてから、本デザインに進んだ
- 展開物ごとの入稿仕様を、各入稿先に確認した
- 確定した要素(出演者・協賛ロゴなど)の差し替えを反映した
よければ、こちらも
キービジュアルは、企画から当日の装飾まで一本の線でつながっています。前後とあわせて見ると、抜けが減ります。
- 依頼の前に聞くこと:オリエンの確認項目リスト
- 企画の骨組み:企画書の構成と1枚サマリー
- 目的を言葉にする:コンセプトをKPIに翻訳する手順
- 日程を組む:制作スケジュールの逆算
- 確認待ちで止めない:確認待ちで止めない進行管理
- 発注の取り決め:発注書・覚書の書き方
- 展開と入稿:サイン・看板の発注と入稿
- 出演者の扱い:MC・タレント手配とキャスティング
- 費用の拾い方:見積書の内訳と費目の組み立て方
- イベント制作ノートについて:編集部の考え方

キービジュアルの修正が続くと、自分の伝え方が悪いのか、センスがないのかと、つい自分を責めたくなります。でも、たいていの「なんか違う」は、誰のせいでもなく、まだ言葉になっていなかった条件が遅れて出てきただけです。
最初に1枚のシートで条件をそろえておけば、デザイナーは迷わず描けて、クライアントは落ち着いて選べて、あなたは入稿日を守れます。会場の入口にそのビジュアルが掲げられた朝、きっと少し誇らしい気持ちになれるはずです。
今日は、展開物リストを1枚作るだけで十分です。そこから、次のKVはきっと進めやすくなります。