
イベントの参加者体験マップの作り方|カスタマージャーニーで企画を詰める
企画書は通りそう。コンセプトもKPIもそろった。なのに、クライアントに「で、来た人は実際どう過ごすんですか?」と聞かれた瞬間、少しだけ言葉に詰まる——そんな打ち合わせ、ありませんか。
頭の中ではちゃんと絵が見えている。でも、それを順番に話そうとすると、受付の話から急に目玉コンテンツに飛んで、帰り道のことはまるで考えていなかった、と気づく。制作ディレクターはどうしても「主催側の段取り」で企画を見る時間が長いので、参加者側の目線がところどころ抜けるのは自然なことです。
そこで使いたいのが、参加者体験マップ(カスタマージャーニーマップ)です。難しいフレームワークに聞こえますが、やることは「参加者ひとりの一日を、時間の順に紙に書き出す」だけ。この記事では、紙1枚で作れる手順と、見つけた穴を手配・見積・香盤に落とすところまで、一緒に整理していきます。
結論:参加者体験マップは「①参加者を1人に決める → ②時間を『知る・申し込む・来る・体験する・帰る・あとで』の段に区切る → ③段ごとに“すること・気持ち・接点”を書く → ④気持ちが下がる“谷”を探す → ⑤谷に打ち手を置いて担当と費目に落とす」の5手順で作れます。目的はきれいな図を作ることではなく、主催側の段取りでは見えない穴を、本番前に見つけること。最初は付箋と模造紙、または表計算の1シートで十分です。
体験マップとは?イベント企画で使う理由
カスタマージャーニーマップは、もともとマーケティングで「顧客が商品を知ってから買うまで」を追うための道具です。イベントに置きかえると、参加者がイベントを知ってから、帰ってしばらくたつまでを一本の線で追う図になります。
制作の現場で使うと、いちばん効くのは次の場面です。
- 企画の穴が見つかる:目玉コンテンツは厚いのに、到着してから受付までが手薄、といった偏りが見える。
- 提案の説得力が上がる:「参加者はこう過ごします」と時間順に語れるので、企画書の実施概要が一気に具体的になる。
- 手配と見積の拾い漏れが減る:谷に置いた打ち手(サイン、休憩席、物販の決済手段など)が、そのまま手配リストと費目になる。
香盤表が「運営側が何分に何をするか」の表だとすれば、体験マップは「参加者が何分に何を感じているか」の表です。同じ時間軸を、反対側から見るイメージですね。
企画が「主催側の目線」に寄ってしまうのはなぜか
これは誰かの手抜きではなく、仕事の構造から起きることです。
制作の打ち合わせは、どうしても「会場」「ステージ」「機材」「人員」といった手配の単位で進みます。手配の単位で区切ると、それぞれの担当は自分の範囲をしっかり詰める。でも、参加者はその区切りをまたいで一日を過ごします。駅を出て、看板を探して、受付に並んで、トイレを探して、目玉の体験をして、お土産を買って、帰りの電車を調べる。
この「区切りと区切りのあいだ」は、誰の担当でもないことが多い。だから抜けやすいんです。体験マップは、そのあいだを一本の線でつないで、担当のいない場所を見えるようにする道具だと考えると分かりやすいと思います。
体験マップの作り方|5つの手順
手順1:参加者を「1人」に決める
最初に、誰の一日を追うかを決めます。ここで「来場者全員」にすると、話がぼやけて谷が見えません。
立派なペルソナシートは要りません。オリエンで聞いた来場者像から、いちばん多い人かいちばん取りこぼしたくない人を1人選び、3行で書けば十分です。
- 例:取引先企業の招待客。40代の課長。会場に来るのは初めてで、電車で来る。
- 例:周年ファミリーデーに来る社員の家族。小学生の子どもと一緒で、ベビーカーもある。
余力があれば2人目(たとえば車いすで来る人、海外から来る人)も別のマップで追うと、バリアフリーや多言語の抜けが見つかります。まずは1人で大丈夫です。
手順2:時間を6つの段に区切る
次に、横軸を時間の段に区切ります。イベントなら、だいたい次の6段に収まります。
- 知る:告知・招待状・SNS・社内案内でイベントを知る。
- 申し込む:登録フォーム・チケット購入・出欠の返信。
- 来る:当日の移動、最寄り駅や駐車場から会場まで。
- 体験する:受付から、プログラム・展示・飲食・休憩まで。会場内の時間。
- 帰る:退場・物販・クローク・帰りの交通。
- あとで:お礼メール・アンケート・アーカイブ配信・次回の案内。
「体験する」の段が長いイベントでは、ここをさらに「受付」「開演まで」「本編」「休憩」などに分けてもかまいません。逆に、社内向けで申し込みがないイベントなら「申し込む」は空欄でOKです。段の数を守ることより、参加者の時間が途切れずにつながっていることを大事にします。
手順3:段ごとに「すること・気持ち・接点」を書く

段が決まったら、縦に3行を用意して埋めていきます。
| 段 | すること(行動) | 気持ち | 接点(何に触れるか) |
|---|---|---|---|
| 知る | 招待メールを開く | 「行けるかな」 | メール・案内PDF |
| 来る | 駅から会場まで歩く | 「入口どこだろう」 | 地図・誘導サイン・スタッフ |
| 体験する | 受付に並び、体験ブースを回る | 「並ぶのか…」→「楽しい」 | 受付・ブース・休憩席 |
| 帰る | お土産を受け取り、駅へ | 「荷物が多いな」 | 物販・クローク・帰りの案内 |
ポイントは「気持ち」の行を、主催側の期待ではなく参加者の本音で書くことです。「ワクワクして来場」と書きたくなるところを、「入口どこだろう」「トイレ混んでるかな」と、ちょっと面倒くさそうな声で書いてみる。その本音が、次の手順で谷を見つける手がかりになります。
ひとりで書くより、営業担当や当日の運営リーダーと15分だけ一緒に付箋を貼るほうが、本音はたくさん出ます。過去の類似案件のアンケートやクレーム記録があれば、それも材料になります。
手順4:気持ちが下がる「谷」を探す
3行が埋まったら、気持ちの行を見ながら、上がっているところと下がっているところを曲線で描いてみます。上の図のように、だいたいどのイベントでも段の切り替わりで気持ちが下がります。
よく出てくる谷は、こんな場所です。
- 来る:最寄り駅からの道が分かりにくい。会場の建物に入ってから受付階が分からない。
- 体験する(入口):受付の列が長い。荷物を置く場所がない。開演まで手持ち無沙汰。
- 体験する(途中):休憩する席がない。トイレの列。子ども連れが落ち着ける場所がない。
- 帰る:退場が一度に集中して出口が詰まる。物販の決済で待つ。帰りのシャトルの時刻が分からない。
谷を見つけるのは、企画の欠点探しではありません。本番の前に、参加者の「ちょっと困った」を先回りして拾えたということです。谷が見つかるほど、当日のクレームとスタッフの走り回りが減ると考えて、気楽に印をつけていきましょう。
手順5:谷に打ち手を置き、担当と費目に落とす
最後に、谷ひとつずつに打ち手を書きます。ここで大事なのは、打ち手を「誰が・何を手配するか」まで落とすことです。マップの中で「分かりやすくする」と書くだけでは、当日何も変わりません。
| 谷 | 打ち手 | 担当 | 落とし先 |
|---|---|---|---|
| 駅から入口が分からない | 駅出口と曲がり角に誘導サイン、案内メールに写真付きルート | サイン担当・告知担当 | サイン手配/案内文 |
| 受付の列が長い | 事前登録者レーンを分ける、開場時刻を前倒し | 受付リーダー | 受付設計/香盤 |
| 開演まで手持ち無沙汰 | ロビーに展示や映像を置く | 企画担当 | 演出・映像の見積 |
| 帰りに出口が詰まる | 物販を出口と別動線に、退場を案内で分散 | 進行・会場担当 | 動線図/進行台本 |
右端の「落とし先」が、マップと実務をつなぐ場所です。サインならサイン手配の数量に、受付なら受付設計とスタッフ配置に、演出なら見積の費目に入れます。全部の谷を埋める必要はありません。予算と人手を見ながら、参加者への影響が大きい谷から2〜3個選べば十分です。残りは「今回は見送り」と書いておけば、次回の企画の種になります。
体験マップを作ると、何が変わるか
マップを作ると、変化はまず提案の場で出ます。「参加者は駅を出たところでこのサインを見て、受付は事前登録レーンで1分以内に通って、開演まではロビーの展示を見ながら待ちます」と時間順に話せるので、クライアントは当日の絵を一緒に思い浮かべられます。企画書の実施概要や、提案の「参加者目線の工夫」という1枚にもそのまま使えます。
制作が進んでからも効きます。動線図・サイン計画・受付設計・スタッフ配置といった各担当の資料は、もともと参加者の一日のどこかを支えるためのもの。マップが1枚あると、担当どうしが「自分の範囲は参加者のどこを支えているか」を共有でき、区切りと区切りのあいだの抜けをお互いに気づけるようになります。
そして本番後。アンケートの声をマップの段に貼り直すと、「今回の谷はここだった」と振り返りができます。次の案件で同じ谷を最初から埋めておける。これが積み重なると、会社の企画力そのものになっていきます。
明日やること
いきなり全部をきれいに作らなくて大丈夫です。進行中の案件で、まずこの3つだけ試してみてください。
- 参加者を1人だけ決めて、3行で書く:オリエンのメモから、いちばん多い人か取りこぼしたくない人を1人。
- 「来る」と「帰る」の段だけ、気持ちを本音で書き出す:企画の本編より手薄になりやすい、行きと帰りから始める。
- 見つけた谷を1つ、手配リストに1行足す:サイン1枚、休憩席1か所でも、具体的な手配に落とせたら成功です。
参加者体験マップのチェックリスト
現場でそのまま使えるように、確認項目にしておきます。
作る前に
- 追いかける参加者を1人に決めたか(来場者全員にしていないか)
- その人の来場手段(電車・車・シャトル)と同伴者(子ども・同僚など)を書いたか
- オリエンのメモ・過去のアンケート・クレーム記録など、本音の材料を手元に出したか
書くときに
- 「知る」から「あとで」まで、時間が途切れずにつながっているか
- 「来る」「帰る」の段を、本編と同じ細かさで書いたか
- 気持ちの行を、主催側の期待ではなく参加者の本音で書いたか
- 段と段の切り替わり(駅→入口、受付→会場、会場→出口)を書き飛ばしていないか
谷を見つけたら
- 谷ごとに「誰が・何を手配するか」まで落としたか
- 打ち手が、サイン・受付・動線・配置・見積のどこに入るか決めたか
- 今回やる谷(2〜3個)と、見送る谷を分けて書いたか
- 提案資料や制作会議で、マップを関係者と共有したか
本番のあとで
- アンケートや当日の声を、マップの段に貼り直したか
- 次回に持ち越す谷を、ナレッジとして残したか

体験マップは、上手な図を描くための道具ではありません。参加者の一日を一度だけ最初から最後まで歩いてみる、そのための紙です。谷がいくつ見つかっても、それはあなたの企画が足りないのではなく、本番の前に参加者の「困った」に気づけたということ。付箋1枚分の想像が、当日の誰かの「来てよかった」につながっていきます。まずは1人、来る道のりから書いてみましょう。
よければ、こちらも
- マップで描いた体験を、成果の数字にするなら → イベントの企画をKPIに翻訳する手順|コンセプトを数字で語る
- 参加者像の材料を最初に集めるなら → イベントのオリエン確認項目リスト|聞き漏らしを防ぐ20の質問
- 「来る」「帰る」の谷を会場の中で解消するなら → イベント来場者の動線・誘導サインの設計
- 受付の谷を埋めるなら → イベント受付・入場管理の設計|開場で列を作らない導線とリスト運用
- 「あとで」の段で声を集めるなら → イベントアンケートの作り方|設計から集計・満足度分析まで
- マップを提案書に組み込むなら → イベント企画書の構成|提案が通る章立てと1枚サマリーの作り方
- 打ち手の費用をざっくり出す:概算見積シミュレーター
関連用語
本記事はイベント企画における参加者体験マップ(カスタマージャーニーマップ)の作り方についての一般的な実務ノウハウの整理です。記載した段の区切り方・表の項目・事例は説明のための例で、標準の型を示すものではありません。誘導サインの設置や動線の変更、受付・退場方法の見直しは、会場の利用規定や所轄の指導に沿って、会場・関係者とご確認のうえ進めてください。