
イベント見積は松竹梅で|3プラン提案の作り方と迷わせない見せ方
「ご予算に応じて、何パターンかいただけますか」。
打ち合わせの終わりにそう言われて、その日の帰り道からもう気が重い——という経験、ありませんか。1本作るだけでも積算に半日かかるのに、3本。しかも安いほうが選ばれたら、自分の首を絞めることになる気もする。
そんなとき、つい「同じ内容で、金額だけ少しずつ違うもの」を3つ作ってしまいがちです。でも、それでは決まりません。金額だけが違う3案は、読む側にとって「高い・普通・安い」の一直線に並ぶので、結局いちばん安いものが基準になり、そこからさらに値引きの話が始まります。
松竹梅の見積が効くのは、値段の差ではなく「目的をどこまで達成するかの差」で作ったときです。ここが揃うと、相手の頭の中の問いが「いくらまで出せるか」から「どこまでやりたいか」に変わります。
結論:3プランは、次の順番で作ります。① 本命の「竹」を先に、1本だけしっかり作る——松と梅は、竹を基準にした足し算・引き算で組む。② 削らない土台を先に固定する——安全・警備・保険・許認可・原状回復は、3案とも同額で置く。③ 松は「効果が読める上積み」、梅は「目的を1つに絞った最小構成」——梅を当て馬にしない。④ 差分を1枚の比較表にして、推しを明示する。まずは今の見積を開いて、3案とも同じにする行に印をつけるところから始めれば十分です。
3案作るのは、たしかに手間が増える仕事です。ただ、一度この形を作っておくと、次の案件から流用できます。今日は、その型を一緒に組み立てます。
なぜ「金額違いの3案」だと決まらないのか
金額だけを変えた3案を出すと、相手の会議室ではだいたいこうなります。
- 「この差って、何が違うんでしたっけ」
- 「じゃあ、いちばん安いのをベースに、ここだけ足せませんか」
- 「上の案の◯◯って、下の案に入れたらいくらですか」
差の理由が説明されていないと、3案はバラバラに分解されて、いいとこ取りの4案目を作らされます。しかもその4案目は、たいてい「安いほうの金額で、高いほうの中身」を期待されています。悪気があるわけではなく、判断材料がそれしかないからそうなるだけです。
もうひとつ、よくある形があります。梅を「わざと物足りなく」作ってしまうやり方です。当て馬を置けば竹が選ばれる、という考え方ですが、これは思ったほどうまくいきません。相手も何度も見積を見ています。「この案、明らかに成立してないな」と伝わった瞬間に、3案全部の信頼が少し下がります。
大事なのは、3案とも、それ単体で成立していることです。梅を選んでも、イベントはちゃんと成立して、目的の中心は達成できる。そのうえで「今回はここまでやらない」が明示されている。そういう3案なら、相手は安心して選べます。
そして選ぶ行為そのものが、「一緒に決めた」という感覚を作ります。押しつけられた1案より、自分で選んだ1案のほうが、当日までの協力が得やすくなります。
ステップ1:本命の「竹」を先に、1本だけ作る
3案を同時に作ろうとすると、たいてい途中で分からなくなります。先に作るのは、竹(本命)1本だけです。
竹は、オリエンで聞いた目的とKPIを、無理なく達成できる構成にします。「予算に収まりそうな案」ではなく、「これなら目的が達成できる案」です。ここを予算に寄せて作ってしまうと、松も梅も全部が縮んで、3案の意味がなくなります。
竹を作るときに確かめたいのは、次のあたりです。
- 主催者が今回いちばん達成したいことは何か(動員/商談/社内の一体感/認知など)
- そのために絶対に外せない要素はどれか(配信が必須なのか、飲食が必須なのか)
- 前回開催があるなら、その規模と満足度・課題
目的の絞り込みがまだ曖昧なら、見積より先にそこを固めたほうが早いです。オリエンで拾いきれていない項目は、オリエンの聞き取りで外せない確認項目リストで埋められます。
竹が1本できたら、その内訳を費目ごとに並べます。この並びが、そのまま松と梅の設計図になります。
ステップ2:3案とも同じにする「土台」を先に固定する
ここが、松竹梅の見積でいちばん大事なところです。
プランの大小にかかわらず、金額を変えてはいけない費目があります。安全にかかわるものです。
- 警備(雑踏警備・交通誘導):来場者数と会場条件で必要数が決まるもの。プランのランクで減らすものではありません。
- 保険(賠償責任・傷害など):加入内容は開催内容とリスクで決まります。
- 許認可の申請と、それに伴う実費:道路使用許可、消防への届出、保健所への届出など。「やらない」という選択肢がありません。
- 救護・AED・熱中症対策など、人の安全に直結するもの
- 原状回復・廃棄物の処理:やらずに帰ることはできません。
- 運営スタッフの最低人数:受付・誘導・救護など、その人数を割ると運営が成立しないライン。
これらを3案の見積書の同じ位置に、同じ金額で並べて置く。それだけで、見積書は「どのプランでも安全は同じです」というメッセージを持ちます。

逆に、プランによって動かしていい費目はこのあたりです。
- 演出(照明の物量、映像コンテンツ、生演奏・パフォーマンス)
- 装飾・造作(オリジナル造作か、既製レンタルか)
- 記録(映像+写真か、写真のみか)
- 配信(ライブ配信の有無、カメラ台数)
- ノベルティ・印刷物の仕様と部数
- 集客施策(広告出稿、SNS施策の規模)
「削れるもの」と「削れないもの」を先に線引きしておくと、値引きの相談が来たときにも落ち着いて話せます。この線引きの考え方は、値引き要請への原価を守った対応の組み立てとセットで持っておくと心強いです。
ステップ3:松は「効果が読める上積み」だけを足す
松は、竹に贅沢を盛る案ではありません。予算が付いたときに、目的の達成度が上がるものだけを足します。
足す候補を選ぶ基準は、ひとつです。「これを足すと、KPIのどれが動くか」を1行で説明できるか。
- ライブ配信を足す → 会場に来られない人にも届く(リーチが増える)
- 記録映像を足す → 終了後に社内・SNSで使える資産が残る(事後の露出が増える)
- 事前の広告出稿を足す → 申込数が増える(動員が増える)
- 演出の物量を上げる → 体験の満足度が上がる(満足度・再来場意向)
逆に、「豪華に見えるが、KPIとつながらないもの」は松にも入れないほうが健全です。説明できない上積みは、比較表の中で浮きます。
金額感の目安として、松は竹の1.2〜1.5倍、梅は竹の0.7〜0.8倍あたりに収まると、比較しやすい3案になります。差が小さすぎると選ぶ意味がなく、大きすぎると松がただの夢物語になります。もちろん案件によって変わるので、あくまで組み立てのときの当たりとして使ってください。
ステップ4:梅は「目的を1つに絞った最小構成」で作る
梅は、いちばん神経を使う案です。削るのではなく、「今回はやらないことを決める」と考えると作りやすくなります。
作り方はこうです。
- ステップ2で固定した土台はそのまま置く。
- 竹の構成から、目的のいちばん中心にあるもの以外を外していく。
- 外したものは消さずに、「今回は含みません」と見える形で残す。
- 仕様を落とせるものは、落とした形で入れる(オリジナル造作 → 既製レンタル、映像記録 → 写真のみ)。
3番が効きます。梅の見積書に「ライブ配信:今回は含みません」と1行あるだけで、相手は何を諦めることになるのかを自分で判断できます。黙って消すと、あとで「配信って入ってましたよね」という食い違いになります。
そして梅にも、それ単体で成立している状態を持たせてください。「これでもイベントはちゃんと開けます。ただ、当日の記録が写真だけになるので、翌年の告知に使える素材は残りません」。そこまで言えると、梅は当て馬ではなく、正直な選択肢になります。
ステップ5:差分を1枚の比較表にする
3案を、それぞれ独立した見積書として3通渡すだけだと、相手は机の上で見比べる作業を自分でやることになります。比較表を1枚、表紙側に付けてください。
表の形はシンプルで構いません。
| 項目 | 梅 | 竹(推奨) | 松 |
|---|---|---|---|
| 企画・ディレクション | ● | ● | ● |
| 安全・警備・保険・許認可 | ● | ● | ● |
| 音響・照明・映像 | 標準 | 標準+演出 | 演出強化 |
| 装飾・造作 | 既製レンタル | 一部オリジナル | オリジナル |
| 記録 | 写真のみ | 写真+映像 | 写真+映像+ダイジェスト |
| ライブ配信 | 含まず | 含まず | 含む |
| 合計(税抜) | ◯◯円 | ◯◯円 | ◯◯円 |
ポイントは4つです。
- 行の並びを3案で完全に揃える(同じ行が同じ高さにある状態にする)
- 「含まず」を空欄にしない。空欄は見落とされます。
- 推奨に印をつける。「どれでもいいです」は、親切なようで相手を迷わせます。
- 金額は税抜・税込のどちらかに統一して明記する。3案の比較で表記が混ざると、それだけで誤解が生まれます。
数字を入れた例
イメージが湧きやすいよう、竹を500万円(税抜)とした場合の例を置きます。あくまで構成を示すための例で、実際の相場ではありません。
竹の内訳(合計500万円):
| 費目 | 金額 |
|---|---|
| 企画・ディレクション費 | 60万円 |
| 会場費 | 80万円 |
| 音響・照明・映像 | 130万円 |
| 装飾・造作 | 70万円 |
| 運営スタッフ人件費 | 60万円 |
| 警備・保険・許認可 | 30万円 |
| 印刷・サイン | 20万円 |
| 諸経費・予備費 | 50万円 |
ここから、
- 松=500万円+ライブ配信60万円+記録映像25万円+演出上積み45万円=630万円(竹の約1.26倍)
- 梅=500万円−造作を既製レンタルに変更30万円−演出縮小35万円−記録を写真のみ15万円−装飾簡素化20万円=400万円(竹の0.8倍)
警備・保険・許認可の30万円は、3案とも動いていません。比較表でここが揃っていることが、そのまま「安全は削っていません」という説明になります。
予備費の置き方に迷うときは、予備費・諸経費の妥当な見方と説明のしかたもあわせてどうぞ。
ステップ6:提案の場での見せ方
作った3案を、どの順番で話すか。ここで結果がけっこう変わります。
① 金額から入らない
最初に3つの合計金額を並べると、その後の話が全部「値段の話」になります。先に話すのは、今回の目的と、それを達成するための考え方です。
② 竹から説明する
安い順でも高い順でもなく、本命の竹から。「今回のご要望をうかがって、いちばん素直に形にするとこれです」と置く。そのうえで「予算に余裕が出た場合の松」「絞り込む場合の梅」と広げます。竹が基準点になるので、松も梅も「竹からどう動いたか」で理解してもらえます。
③ 差額の理由を、1案につき1行で言う
「松は竹に配信と記録映像を足して、130万円増です。会場に来られない方にも届くようになります」。金額の差と、得られるものの差を、必ずセットで。
④ 推奨とその理由をはっきり言う
「私たちは竹をおすすめします。理由は、今回のいちばんの目的である◯◯が、無理なく達成できる構成だからです」。プロとしての意見を求められている場面です。ここで濁すと、かえって不安にさせます。
⑤ 前提条件を口頭でも触れておく
見積書の欄外に書いてあっても、読まれないことがあります。「この金額は◯月◯日時点のもので、有効期限は◯日です」「会場費は実費精算です」の2つくらいは、口で言っておくと後の齟齬が減ります。
提案の場そのものの組み立ては、提案が通る企画書の構成と1枚サマリーの作り方も参考になります。
3案とも必ず書いておきたい前提条件
プランが3本に増えると、前提条件の書き漏れも3倍になります。3案すべての見積書に、同じ文面で入れておくのが安全です。
- 見積の有効期限(資材費・人件費・輸送費は変動します)
- 金額の税抜/税込の別と、消費税率(現行は標準税率10%)
- 実費精算になる項目(会場費、交通費、宿泊費、廃棄処理費など)
- 数量・時間の前提(来場者数◯名、稼働◯時間、スタッフ◯名を前提)
- 追加費用が発生する条件(仕様変更、延長、荒天対応、再演出など)
- キャンセル規定(いつからいくら発生するか)
- 含まないもの(出演料、許認可の申請手数料実費、警備の増員分など)
前提が変わったときの精算の考え方は、追加発注・仕様変更が出たときの費用精算の進め方にまとめています。中止・延期の扱いはキャンセル料・中止時の精算を。
なお、見積書は適格請求書(インボイス)そのものではありませんが、後の請求書と費目・税率の整理が揃っていないと経理で止まります。請求まで見据えた書き方は見積とインボイス・源泉徴収の扱いを確認してください。あわせて、メールでやり取りした見積・発注のデータは、電子帳簿保存法の電子取引データ保存の対象になり得ます。案件フォルダに原本を残す運用を決めておくと安心です。詳細な要件は、税務の取り扱いなので顧問税理士や国税庁の公表資料でご確認ください。
松竹梅見積 チェックリスト
出す前に確認したいことを並べます。全部を一度にやる必要はありません。忙しいときは「まずここだけ」の3つで十分です。
まずここだけ(この3つは必須)
- 竹(本命)を先に1本作り、松と梅はそこからの足し算・引き算で組んだか
- 警備・保険・許認可・原状回復・スタッフ最低人数を、3案とも同じ金額で置いたか
- 比較表を1枚添え、推奨に印をつけたか
余裕があれば確認
- 梅は、それ単体でイベントが成立する構成になっているか(当て馬にしていないか)
- 梅の見積に、「今回は含みません」の行を残したか(黙って消していないか)
- 松の上積みは、KPIのどれが動くかを1行で説明できるか
- 3案の金額差の理由を、それぞれ1行で言えるか
- 比較表の行の並びが3案で揃っているか
- 税抜・税込の表記が3案で統一されているか
- 有効期限を3案すべてに入れたか
- 実費精算になる項目を明示したか
- 追加費用が発生する条件を書いたか
- キャンセル規定を3案すべてに入れたか
- 松と竹の差額が大きすぎ/小さすぎになっていないか(竹の1.2〜1.5倍が目安)
- 提案の場で、金額ではなく目的から話す準備ができているか
- 3案とも、同じ日付・同じ前提条件で作られているか
全部そろわなくて大丈夫です。「まずここだけ」の"竹を先に作る"と"安全の行を3案で揃える"の2つを押さえるだけで、比較表はぐっと読みやすくなります。
よければ、こちらも
見積は、企画・予算・精算とひと続きの仕事です。あわせて見ると、案件全体の数字がつながります。
- 見積の骨格を作る:イベント見積書の内訳と費目の組み立て方
- 段階を使い分ける:概算見積と実行見積の違いと出し分けの基準
- 演出を予算に収める:演出案を予算内に収める優先順位の付け方
- 目的を数字にする:イベントコンセプトをKPIに翻訳する手順
- 収支で見る:イベントの収支計画と採算の立て方
- 着地を管理する:予算実績管理表(着地見込み)の作り方
- 超過したときに:予算オーバー時のコスト圧縮の進め方

3案作るのは、正直、手間です。1本でも大変な積算を3本分。しかも、いちばん時間をかけた案が選ばれるとは限りません。
それでも、松竹梅の見積には、金額表以上の意味があります。「ここまでやると、こうなります」「ここは削れません」を、数字で正直に伝える書類だからです。相手はそれを読んで、自分で選ぶ。選んだ以上、当日までの判断も一緒に背負ってくれるようになります。
見積は、値段を伝える紙ではなく、一緒に決めるための地図です。あなたが夜に電卓を叩いて引いているその線が、当日の会場で人が安全に楽しむための線につながっています。
今日、手元の見積を開いて「3案とも同じにする行」に印をつけられたなら、それだけで次の提案はもう変わり始めています。