夜の事務所で、去年の案件フォルダをパソコンで開き、たくさんのファイルを前に少し困った表情で最終版を探しているイベント制作ディレクター

イベントのナレッジ保管と引き継ぎ|図面・香盤を次回に活かす残し方

「去年と同じ周年式典、今年もお願いできますか」——ありがたい連絡のはずなのに、次の瞬間に頭をよぎるのは、去年のフォルダのことだったりしませんか。

開いてみると、図面_最新.pdf、図面_最新_修正.pdf、図面_本番用(2).pdf。香盤も3つ。どれが本番で使った版なのか、自分で作ったはずなのに分からない。協力会社の連絡先はメールの奥に埋もれていて、「会場の搬入口、何時から開くんだっけ」は結局また会場に聞くことに。担当が自分ならまだしも、前任者の案件を引き継いだときは、ほとんどゼロからのやり直しです。

これは、整理が下手だからではありません。案件のさなかは、目の前の修正に追われて「残すこと」まで手が回らないのが普通です。だからこそ、終わったあとの30分で、次の自分が迷わない形にしておく。この記事では、そのための残し方を一緒に整理します。

結論:イベントのナレッジは「全部残す」より 「次に開く人が5分で分かる形で残す」 ことが大切です。押さえるのは次の4つだけ。

1. 最終版を1つに決める:本番で実際に使った図面・香盤・台本を「本番版」として1か所に固める
2. 案件フォルダの型をそろえる:毎回同じ並び(企画/見積・精算/図面/進行/協力会社/記録)にする
3. 引き継ぎメモを1枚書く:数字・連絡先・「次はこうしたい」を、A4一枚に
4. 次の案件の最初に開く:キックオフの議題に「前回のメモを見る」を入れる

全部を一度にそろえなくて大丈夫です。まずは、いま終わったばかりの案件で「本番版」を1つ決めるところからで十分です。

※ファイルの保存場所や保存期間、個人情報の扱いは、会社の規程やクライアントとの契約によって異なります。本記事は一般的な整理の考え方としてお読みください。

何が起きているのか——ナレッジが消える3つのすき間

イベントの資料は、ほかの仕事にくらべて「版」が増えやすい性質があります。図面は会場・施工・消防の確認ごとに直り、香盤はリハーサルのたびに書き換わり、前日の夜にまた一行変わる。本番の朝に手書きで直した紙が、実は一番正しい——なんてこともよくあります。

そのうえで、ナレッジは主に3つのすき間から消えていきます。

3つ目は特に大きいところです。図面や見積は探せばどこかにありますが、「次はこうしたほうがいい」という気づきは、書かなければ次の案件には届きません。

具体例:同じ式典を2年続けて担当したとき

ある制作ディレクターの例で考えてみます。昨年、ホテルの宴会場で取引先向けの周年式典を担当しました。今年も同じ会場・同じ規模で依頼が来ました。

残し方を決めていなかった場合、最初の1週間はほぼ「探しもの」に消えます。会場図面は施工会社に送り直してもらい、香盤は3つの版を見比べて本番版を推測し、来賓の席次はメールをさかのぼって復元。去年「受付の列が宴会場前の廊下まで伸びて困った」ことは覚えているのに、何人体制で何時に開けたかが思い出せず、同じ人数で組んでしまいそうになります。

引き継ぎメモ1枚があった場合、最初に開くのはそのメモです。そこには「受付は4名で開場30分前オープン→廊下に列。次は5名・45分前を推奨」「宴会場の搬入は前日22時以降のみ」「音響・照明はこの会社のこの担当者(連絡先)」と書いてある。本番版の図面と香盤は 03_図面 と 04_進行 に1つずつだけ。キックオフの初日から、「去年の改善点をどう反映するか」という前向きな話から始められます。

違いを生んだのは、特別な仕組みではありません。終わった直後に、本番版を決めて、メモを1枚書いた。それだけです。

影響——残し方ひとつで、次の案件の「最初の1週間」が変わる

ナレッジがうまく残っていないと、困りごとは次の案件の一番忙しい時期にまとめてやってきます。

逆に言えば、ここを整えておくと、次の案件は「去年より一歩よくする」ところからスタートできます。リピート案件が多いイベント制作では、この積み重ねがそのままチームの強さになっていきます。

最終版を1つに決める——「本番版」という呼び方をつくる

最初の一手は、本番で実際に使った版を「本番版」として確定させることです。「最新」「最終」「修正」は、作業中はどんどん更新されて意味が変わります。終わった案件については「本番で使ったもの」が一番の真実です。

対象にするのは、まずこのあたりです。

案件フォルダの「型」をそろえる

案件フォルダの中を、企画・見積・図面・進行の4つの棚に分けて整理するイメージを示した図
毎回同じ並びにしておくと、どの案件を開いても「図面はここ」とすぐ分かる。

次に、案件フォルダの中身の並びを、どの案件でも同じ型にします。中身の量は案件ごとに違っても、並びが同じなら、他の人の案件でも「図面はここ」とすぐ手が伸びます。

たとえば、こんな6つの区分です。

フォルダ入れるもの
01_企画オリエンメモ、企画書、提案書の提出版
02_見積・精算見積書(提出版)、実行予算、精算結果
03_図面会場図面・レイアウト図の本番版、会場規定
04_進行香盤表・進行台本・キューシート・配置表の本番版
05_協力会社発注書・覚書、協力会社の連絡先一覧
06_記録記録写真の選抜、実施報告書、反省会のメモ

番号を頭につけておくと、どのパソコンでも同じ順に並びます。区分の名前は会社の慣習に合わせて変えて大丈夫です。大事なのは「毎回同じ」であることと、チームで1つの型を使うことです。

保管場所は、個人のパソコンではなく、チームで共有している場所に。会社のファイルサーバーでもクラウドストレージでも構いませんが、「この案件の資料はここ」と全員が同じ場所を指せる状態にしておきます。来場者名簿やアンケートなど個人情報を含むものは、会社の規程に沿ってアクセスできる人を絞り、保管期間が決まっていればそれに従ってください(個人情報と撮影同意の扱い)。

引き継ぎメモを1枚書く——頭の中のすき間を埋める

最後に、そして一番効くのが、引き継ぎメモ1枚です。図面や香盤は「何をやったか」の記録ですが、メモは「次にどうするか」を残すためのものです。A4一枚、箇条書きで十分です。

入れておきたいのは、次の5つです。

  1. 案件の基本情報:開催日、会場、規模(来場者数・スタッフ数)、クライアントの窓口
  2. 結果の数字:実際の来場者数、予算の着地(予算実績管理表の最終値)
  3. 会場のクセ:搬入可能な時間帯、養生のルール、電源の位置や容量など、規定書に書いていない実際の運用
  4. 協力会社と連絡先:音響・照明・施工・ケータリングなど、誰に頼んで、誰が窓口だったか
  5. 次はこうしたい:反省会で決めたTry(反省会のやり方)を3つまで

書くタイミングは、撤収から1週間以内がおすすめです。精算が締まる前で構いません。記憶が新しいうちに書いて、数字はあとから埋めれば大丈夫です。全部埋まらなくても、空欄のまま置いておけば、次に開いた人が「ここは分からなかったんだな」と判断できます。

前任者から案件を受け取る側なら、このメモをたたき台にして、15分だけでも前任者と話す時間をもらうと安心です。メモに書けなかった「ちょっとしたコツ」が、その会話でいちばん出てきます。

明日やること

いま手元に、終わったばかりの案件があれば、そこで試してみてください。一度に全部やらなくて大丈夫です。

  1. 本番で使った図面と香盤を1つずつ選び、ファイル名に「本番版」と開催日を入れる(10分)
  2. 案件フォルダに6つの区分をつくり、本番版を入れる(10分)
  3. 引き継ぎメモの5項目を、分かるところだけ書く(10分)

合わせて30分ほどです。そして、次の案件のキックオフの議題に「前回のメモを見る」を1行足しておく。これで、残したものが確実に次へつながります。

ナレッジ保管・引き継ぎチェックリスト

案件が終わったあとに、手元で確認するための一覧です。まずは「これだけは」の3つから。

最低ライン(これだけは)

推奨(できる範囲で)

埋まらなかった項目は、次の案件で一つずつ足していけば大丈夫です。型は使いながら、自分たちのチームに合う形に育てていけばいいものです。

ナレッジを残すことは、きれいな資料庫をつくることではありません。次の案件で、未来の自分や仲間が「ここから始めればいい」と思える場所を、ひとつ用意しておくことです。

本番をやり切ったあとの30分は、少し面倒に感じるかもしれません。でも、その30分が、来年の最初の1週間をまるごと助けてくれます。あなたが今回の現場で積み上げた工夫は、ちゃんと次へ持っていけるものです。まずは「本番版」をひとつ決めるところから、始めてみませんか。

明るい会議室で、制作チームが前回の引き継ぎメモを囲み、笑顔で次の案件のキックオフをしているようす

よければ、こちらも

残したナレッジは、振り返り・報告・次の準備とつながって、はじめて活きてきます。

関連用語


本記事はイベント案件の資料保管と引き継ぎについての一般的な実務ノウハウの整理です。フォルダの区分やファイル名の付け方は一例であり、会社の文書管理規程・情報セキュリティ方針・クライアントとの契約(機密保持や資料の返却・廃棄の取り決め)がある場合はそちらに従ってください。個人情報を含む資料の保管・廃棄は、社内規程および関係法令に沿ってご判断ください。